2014年10月30日木曜日

向山牧騎手が地方競馬通算3000勝達成!

 10月30日の笠松競馬で向山牧騎手(笠松・川嶋弘吉厩舎)が地方競馬通算3000勝を達成した。第11レースの東海クラウン(オープン、ダート1800メートル)の優勝馬バンダムミュートス(父ダンシングカラー、後藤正義厩舎)がメモリアルホースになった。
 向山牧騎手は49歳。1983年に三条競馬でデビュー。オーディンに騎乗した94年のJRA平安S・GIIIで逃げて2着(勝ち馬トーヨーリファール)し、全国区の知名度になった。2002年に笠松競馬に移籍。昨年は笠松競馬のリーディングを獲得している。

 【向山牧騎手コメント】(笠松競馬リリースより)

 『3000勝達成は、次開催かなぁ。』って思っていたのですが、今開催もいい馬に乗せてもらっているので、早く達成できてうれしいです。調教師さんやスタッフの皆、馬主さんに感謝ですね。次の目標? 4000勝でしょ! 年金ジョッキー目指しているので(笑)長くやっていればよいこともありますね。『無事之名馬』ならぬ『無事之名手』なのかな(笑)達成セレモニーが次開催の初日(11月10日)にあるみたいなので、ファンの皆様、ぜひ、笠松競馬場にお祝いしに来てほしいです。これからも応援よろしくおねがいします。(サンスポ)

2014年10月23日木曜日

地方競馬場外売り場開業 ぶらくり丁

◇活性化期待
 和歌山市米屋町のぶらくり丁商店街で22日、兵庫県の園田、姫路両競馬場の場外馬券売り場「DASH和歌山」が開業した。年間21万人以上の来場が見込まれ、地元では「活性化につながる」と期待が高まる。ただ、通行事情などへの不安もあり、運営会社はスタッフを配置して対策にあたる。
 この日は午前10時の開店と同時に約50人が機械で馬券を買ったり、新聞を広げて予想したりしていた。同商店街は高度成長期には日曜日ともなると8万人の人出でにぎわったが、今はシャッターを下ろす店が目立つ。近くで食堂を営む大里博司さん(54)は「待ちに待った開業。競馬の合間に寄ってほしい」と話す。
 場外馬券場は、兵庫県競馬組合から業務委託された運営会社「キャンター」が経営する。ビル地下1階の売り場面積は約450平方メートル。園田、姫路など地方競馬15か所の馬券を販売する。営業は火~金曜日。年8億7000万円の売り上げを見込む。今後、営業日拡大も検討する。
 馬券場を巡っては、「学校が近く、教育に悪影響」「違法駐車が増える」などの反対意見が出たが、地元連合自治会の同意などを経て、国が昨年12月に承認した。運営会社は酒の販売を禁止し、清掃員2人を配置して美化にあたり、警備員による交通整理などを続ける。ぶらくり丁商店街協同組合の成瀬鋼理事長(43)は「交通整理など懸案にしっかり対処していただき、商店街を盛り上げていきたい」と話していた。(読売新聞

2014年10月21日火曜日

海老蔵、地方競馬から引退

 競馬ファンで知られる歌舞伎俳優の市川海老蔵が20日、ブログで地方競馬からの引退を宣言した。
 海老蔵は同日、開催中の大井競馬場を訪ね、第8レースからナイター競馬を楽しんだ。
 最初は「今日も勝つ」と力こぶを作り「100円が100万円になりますように…」と皮算用していたが…。
 この日は調子が上がらず連戦連敗、途中でとうとう「競馬負けたら…私…海老蔵は…地方競馬引退です!!!」と宣言してしまった。
 結局、そのまま終わってしまったようで、帰宅後「本日10月20日は私…海老蔵が地方競馬引退の日となりました…さようなら…地方競馬。ありがとう…地方競馬」と記した。(デイリースポーツ)

2014年10月13日月曜日

国内最多出走馬が死ぬ 高知のセニョールベスト

 国内最多出走馬のセニョールベスト=9月28日、高知県土佐清水市のあしずりダディー牧場(同牧場提供)
 高知競馬(高知市)に所属していたセニョールベスト(15歳、牡)が死んだことが13日、管理する牧場への取材で分かった。1969年に地方競馬全国協会の記録が整備されて以降の国内最多出走記録(ばんえい競馬を除く)の409走を保持し、9月末に引退していた。通算32勝。
 あしずりダディー牧場(高知県土佐清水市)によると、死因は腸捻転。10日昼ごろから、水や餌を取らないなど体調に異変が見られ、点滴で一時的に回復したが、12日未明に死んだことが確認された。高知県競馬組合によると、人間では60歳以上に当たる。2001年に浦和競馬場(埼玉県)でデビュー。(高知新聞)

2014年10月12日日曜日

調教師人生39年 浦和競馬場・小嶋さんが勇退


さいたま市南区の浦和競馬場に所属し、39年にわたって調教師を務めた小嶋一郎さん(72)の勇退式が10日、同競馬場で行われた。
 調教した「ケニートモヒカリ」が1975年に初出走してから、調教師人生最後となった今年7月の「シャムネコ」が参加したレースまで7406戦572勝を数える。重賞は「エムエムプレスト」が出走した90年の第34回ゴールドカップ。
 多くのファンが見守る中、花束と感謝状が贈られた小嶋さんは「50年間、浦和競馬場と歩んできました。これからは馬主として競馬に関わっていきたい。長い間ありがとうございました」とあいさつ。大きな拍手に送られ、涙をこらえながら退場した。(埼玉新聞)
関係者らに見守られて勇退する小嶋一郎調教師=さいたま市南区の浦和競馬場

2014年10月6日月曜日

笠松競馬 背水の警備 人員大幅増、機器も導入

昨年の馬脱走事故、警備員を書類送検
 羽島郡笠松町の笠松競馬場で昨年10月、調教中に脱走した競走馬と車が衝突して男性2人が死傷した事故で、県警捜査1課と岐阜羽島署は6日、業務上過失致死傷の疑いで、当時、馬が場外に出る門で警備をしていた各務原市前渡北町、パート警備員の男性(71)を書類送検した。
 送検容疑は昨年10月28日午前3時ごろ、監視を怠り、スライド式門扉を閉めなかったため、馬を脱走させた。馬は軽乗用車と衝突、弾みで軽乗用車が対向車線にはみ出して乗用車と衝突し、軽乗用車の男性=当時(64)=を死亡させ、乗用車の男性=当時(67)=に軽傷を負わせた疑い。
 同課によると、警備員は当時、門の前に立たず、近くの警備員室で業務日誌を書いていた。馬が逃げる際、非常用サイレンが鳴り、赤色灯が点灯したが、「気付かなかった」と話しているという。
 笠松競馬場では昨年2~4月にも3度馬が脱走している。県警は重大事故の発生を予見できたにもかかわらず、警備員が監視を怠ったことが事故につながったとして、書類送検に当たり厳重処分を求める意見を付けた。
組合「二度と起こさぬ」
 「今度、事故を起こしたら笠松競馬場は終わる」。笠松競馬場から競走馬が脱走し、馬と衝突した軽乗用車の男性が死亡した事故から約1年。競馬場を管理する県地方競馬組合は、背水の陣の覚悟で安全対策に取り組んでいる。
 笠松競馬場では昨年2月と3月、4月にも馬が脱走した。2月と3月には、車と接触する物損事故を起こしている。
 競走馬が乗り手を振り落として逃げる「放馬」は珍しくない。ただ、関係者は「競馬場内で止めていれば事故は起きなかった」という。
 4月の事故後、出口の鉄柵を高くしたり、非常用の赤色灯やサイレンを設置したりするなど対策を講じた。出口に配置される警備員には門の前に立ち、緊急時にスライド式の門扉をさっと閉めて脱走を防ぐように指示していた。
 だが、事故は再び起きた。4月以降、3人交代の24時間体制で警備していたが、当時、警備員は警備員室におり、逃げて来る馬を監視していなかった。
 10月の事故を受け、組合は警備員の数を倍以上に増員。緊急警報装置を作動させる無線スイッチも導入した。対応マニュアルを整備し、非常時の訓練を毎月実施するなど体制を強化している。
 今回、組合側に刑事責任は問われなかった。だが、安藤恵三業務課長は「組合として事故を二度と起こさないよう対策に万全を期したい」と話した。(岐阜新聞)
【写真】馬が脱走した出口門。警備員が常駐し、監視に当たっている=9月18日、羽島郡笠松町、笠松競馬場